この話は、実話を基にしていて、出演者も当事者本人たちなのだそうです。ドキュメンタリーとしての実際の映像と、当事者たちを使っての再現映像とから出来ています。事件自体は小さなもので、映画の中でも、映画にはならないよ、と取材交渉相手から言われたりしますが、それでもこの事件に目をつけ、そこに隠されたエッセンスを掘り起こし、素晴らしい映画にしたのは、驚くべき監督の才能というものでしょう。
この映画で、監督が描きたかったことは、何でしょうか。裁判の最後の方で、こんなやりとりがありました。
裁判官「今はどんな役を演じたいですか」
サブジアン「自分自身を」
裁判官「やっと辿り着きましたね」
この意味は、にわかには理解できません。サブジアンがマフマルバフ映画監督になりすましたように「他人を演じる」ことは、決していいことではありません。一時ながら「人から尊敬される存在」になり得たことは確かですが、それはもろく崩れ去ることは疑いようのないことです。ならば、それとは逆に、「自分のありのままをさらけ出す」ことが大切なのでしょうか。
確かに、そう受け取っても良さそうです。しかし、映画監督がそんなことを言ったら、映画自体が成り立たないことを言っているようなものです。映画は、報道ではありません。あくまで、作り物です。この映画自体、実際の映像と再現映像を混ぜて製作されていますし。それに、実際の映像だとしても、隠し撮りではなく、堂々とその場所にカメラとマイクをセットしているのです。カメラの前では、少なからず、カメラ向けの発言や態度も現われるでしょう。
裁判の様子を見ていると、サブジアンの供述が真実なのか演技なのか、見分けがつかなくなってしまいます。でもそれは、何も映画の中だけでなく、自分自身のことでもそうなのではないかと気づかされます。実社会において、自分をどれだけ偽り、どれだけ正直に生きているか。どこまでが偽りでどこからが真実か。
「自分のありのままをさらけ出す」ことはそう簡単に出来ることではないでしょうし、とても辛いことかもしれません。疲れ果ててしまうかもしれません。
そこで、「自分自身を演じる」ところに落ち着くのかもしれません。
サブジアンがまだ映画監督を演じて、アーハンハー主人と会話をしているシーンで以下のようなやり取りがありました。
アーハンハー主人「山がお好きなようですね よく行くんですか？」
サブジアン「時々です 今朝 メフルダードさんの部屋から外を眺めた時 山の自然をとても近くに感じました
人間は 自然にもっと接するべきです 自然の色や音は人の心を清くしてくれる
有名な詩に ”あなたには私が見えない なぜなら いくら私の魂が見えていても あなた自身が隠れているから”
人は無意識に自分を隠していますが 魂を引き出すべきですよ
私は自分を見つめようと山へ行きます 自然に己を映すんです 心が洗われます」
アーハンハー主人「では ご自分も 自然に生きてみては？」
サブジアンはここでも口からでまかせを言っているのです。つまり、山で自分を見つめるとか、心が洗われる、なんてのは、どこかで聞いたような台詞の使いまわしに過ぎません。サブジアンは山に行くことなどしないような人間ですが、実際に登山をする人でも、結局、山へ行く理由なんてものは、どこかで聞いたような綺麗事を自分の心の中に当てはめているに過ぎないのだろうと思います。逆に、現実逃避だ、と言いきってもいいのですが、それでは悲しい気分にしかなりません。結局のところ、なんだかんだと理由付けを考えて、自分を演じているのかもしれません。
この映画は、各国のいくつかの賞に輝き、日本でも1991年に、山形国際ドキュメンタリー映画祭の特別招待作品になっています。
評価：７２点
【監督・脚本】Abbas Kiarostami アッバス・キアロスタミ
【製作・撮影】Ali-Reza Zarindast アリ・レザ・ザリンダスト
【出演】
Hossein Sabzian ホセイン・サブジアン（偽マフマルバフ映画監督）、
Hassan Farazmand ハッサン・ファラーズマンド（記者）、
Abolfazl Ahankhah アブーファズル・アーハンハー（主人）、
Mehrdad Ahankhah メフルダード・アーハンハー（息子）、
Hushang Shahai フーシャン・シャハイ（タクシー運転手）、
Mohsen Makhmalbaf モフセン・マフマルバフ（映画監督）
【上映時間】１時間３０分
【製作国】イラン
【原題】Nema-ye nazdik
【英題】Close up
１９９０年作品
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